あおなじみ

日常生活。恨み節。性別捨てたい非国民。ネガティブ。

自分に罪がないと思いたい人たち

GPFトリノ以降、自分の中の何かが崩れた。元々ダイヤブロックとレゴを噛み合わないまま積み重ねたような不安定さだったが、トリノ以降グチャグチャの瓦礫のままになっている。

落書き・抗議バナー事件の後、とある超・古株羽生ファンの方が「我々(ファン)は羽生さんサイドからの信頼を失っているのかもしれない」という主旨のツイートをしていて「あーそれ、ほんとそれ、それな、それなんだよ」と頸椎ヘルニアになるくらい頷いた。

 

全日本での昌磨や大輔さんとの触れ合いで詰みなおせたものの、スケーターを言葉で殴りまくる人を見るとまた崩れそうになる。

彼らにとっては「取るに足らないもの」と思っていた存在に、羽生さんが今後の日本男子スケート界を託そうとしている(ように見えた。少なくとも私には)。そういう光景が受け入れられなかったのだろう。あるいは、大輔さんとエキシビションで手をつないだ事とか。

そのあらゆる全ての気高さ、徳の高さ、功徳のようなもの、そのすべてが、後光が差しすぎてて受け入れられないんだと思う。

(そういう角度から見ると「信者」として帰依してそうで全く帰依してないんだよな。信者というより「成績への依存」に近い)

 

今のところ「ジャッジのせいで羽生さんは自信を失ってるんだ!」という意見が強く、ファンに原因はないという見方をする人が多い気がする。

本当にそうだろうか?

仮にジャッジのせいで自信を失っていたとしても、ファンの行いには何も原因がないと、なぜ言い切れるんだろう。

 

「私たちは本当に信頼されるに値するファンなのだろうか?本当は要らない人たちなんじゃないか?」トリノの事件以降、そんなことを考えている。

抗議バナーはCS放送で映ってたそうで、写真の角度的にも確実に本人の目に入ってたんだろうなと思った。

羽生さん、どんな気持ちだったろう。

まさかみなさん「抗議バナーで励まされたはず」「感謝されるはず」と思ってるのかな。

そんなわけないじゃん。

彼が今までどれだけ「不正なジャッジをされてる」という言葉に傷付けられてきたと思ってるんだろう。

 

羽生さんはあの抗議バナーを見て、かつて自分がアネザやその他ハエすら集らないような💩共に言われてきた事の数々を思い出してしまったかもしれない。

「不正採点だ」

「回転不足を見逃されている(※作為的な動画)」

「エッジがクリーンでない(※作為的なスクショ)」

色んなことされたし、言われたよね。許せなかったよね。でもくり返してるんだよね、今。羽生ファンが。

しかも現実世界で、会場でもやらかしちゃってる。しかも立派な法律違反までしてる。この差はデカいよ。

 

これでもなお「応援してくれてありがとう」と言われるに相応しいファンだと言えるんだろうか。

採点に不満があるなら法に触れない方法で最低限の人としてのマナーを踏まえた手段でやらなきゃいけないのに、運動として失敗してる。いきなり連合赤軍レベルまで行っちまったな、って感じだ。

これらの行動に対する批判を「学級会」とか言ってる犯罪者予備軍は、さっさと刑務所に入ってくれ。

 

考えすぎかもしれないけど、私はあの抗議バナーや落書きで、むしろ彼の自尊心が破壊されたかもしれないと思ってる。

私が一番恐れてるのは、あのバナーを見た羽生さんが「もう自分も潮時だ」と思ってしまわないか、ということだ。

自分が負けることで後輩を傷付ける。

ジャッジ批判されながら試合に出なくてはならない。

場合によっては会場での器物損壊も覚悟しなくてはならない。

(※落書きは器物損壊になりますよ)

そんな状態で試合に挑むとしたら?

 

むしろジャッジに対してはコーチや連盟から抗議できるからまだ幾分かマシかもしれない。

オータムのSPの時はおそらくそうだったし(FSで問題のジャッジの採点は平均値になった)、選手に近い人曰く「不満があったら対策のためにジャッジに採点の意図を聞きに行くのが当たり前」だそうなので、ブライアン達も疑問があればジャッジを詰めるだろう。

 

でも、ファンは?

ファンの行動には抗議できるのかな?相手はいかにも逆上しそうな人達なのに。

数々の言動から「他のスケーターを虐めないで」というメッセージを発してるにもかかわらず、なにも感じない人たちなのに。

「落書きしないでください」「表彰式で抗議するのは悲しいです」と言ったら?

「ISUやスケ連に言わされてる!死ね○○!」になったらどうしよう、と考えやしないだろうか。

あるいは、その牙が自分に向かないかと恐がりはしないだろうか。

だって、自分のファンのボランティアが、バックヤードで写真撮ったり付け回したり、好き勝手できるんですよ。恐れないはずがない。

 

それにジャッジに対して抗議するにしても、落書きやバナー、その他岡部さんへの凸などのせいで、まず自分のファンがやらかした事について言及する羽目になるでしょう。

彼が、関係者やジャッジに頭を下げずにジャッジ批判が出来ると思ってるのかな?

出来ると思ってるなら、いくらなんでも社会性がなさすぎでしょう。

自分たちの愚かな行動が足を引っ張ってるって、わかってるのかな?

本気でジャッジに不満があるなら、やらかした連中のことを批判して欲しい。同じファンだからって甘やかすのはやめて。

 

GPS総集編での「まだスケート続けていいですかね」という言葉についても、ジャッジ批判とかそんな事よりも自罰的な感情を感じ取ってしまった。

なぜなら彼はめちゃくちゃ優しいからである。自分がされてきたことを、後輩がまたされ続ける。彼はそれに耐えられるんだろうか。

理解者ぶって「あなたのことが大切だ」とか言ってる人が、自分が大切に思ってる後輩や関係者を殴ってるのだ。

通過儀礼だからね~がんばって~」とか言って、悲しむ後輩をほったらかしに出来る人なんだろうか。私はそうは思えないし、人間不信になるんじゃないかと心配してしまう。

自分以外のスケーターには興味を持たず「フィギュアスケートなんて好きにならない!」と言っている奴が「真のあなたの理解者です」みたいな雰囲気でツイッターやってるのを見たら「自分の気持ちは誰にも届いていない」と思わせてしまいそうだ。

延々と暖簾に腕押ししてるような、キャッチボールが成り立たないような感じに見える。孤独に追い込んでいるのは誰なんだろう。

 

 

可能であれば、落書き犯やバナー犯、後輩選手たちを叩く人たちにかわって土下座したい。かわるな、代弁するなと言われても。

固くて冷たいグレーチングの上に半ズボンで正座して、膝の上には氷の固まりを置く。額が当たるところには剣山も置こう。

ごめんなさいと言われても困らせてしまうだけだろうから、本人じゃなくて神仏に許されるまでやる。

延々と五体投地し続けながら、猛禽に喰われるまで、骨になるまで歩き続けたい。そんな気分になる。